医師紹介

副院長

水口 龍次 みなくち りょうじ

整形外科・リウマチ科

専門 整形外科一般
認定医 日本整形外科学会専門医
日本リウマチ学会専門医
日本整形外科学会認定運動器リハビリテーション医
日本整形外科学会認定リウマチ医
日本整形外科学会認定スポーツ医
日本医師会認定健康スポーツ医

こんにちは。水口です。
当院に赴任してから10年以上の月日が流れました。現在は外来診療や手術などを中心に、日々忙しくも充実した毎日を過ごしております。
このように充実した日々を送れているのも、地域の皆様に信頼され、当院を選んで受診していただいているからこそと、日々感謝の気持ちでいっぱいです。
これからも地域の皆様の健康に寄り添い、安心をお届けできるよう全力を尽くしてまいります。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
(R8.7.記)

1952年 大阪府豊中市出身
1979年 神戸大学医学部卒業

幼いころ落ち着きのない子供であったようで、亡母によく叱られていました。どうも考えるより行動が先になるようです。長じてもそのような性格は変わらず、じっとしていることが苦手です。
学部卒業時研究生活に憧れていたので、すぐに基礎系の大学院に進学しましたが気がつくと2年で退学し第2生化学教室(西塚研)の助手になっていました。これは優秀であったからではなく、たまたま助手の席が空いたために空位にできないお家の事情があったためでした。3年間の基礎研究では大した成果もなく臨床に転向しようかと悩んでいたころ、当時整形外科の大学院生で生化学教室に来ていた同級生の誘いで整形外科に移籍することになりました。
ここから臨床生活が始まることになるのですが、国立加古川病院時代に大変お世話になった西林先生の後任で三木山陽病院に転勤するとは夢にも思っていませんでした。当時の西林先生の指導が厳しかったことが懐かしく思い出されます。
また、森田院長とも一時期一緒に国立加古川病院で仕事をさせていただきました。当時は今思い出しても大変な仕事中毒の時代で一週間に7日働くことも珍しくありませんでした。当然、夕飯は深夜になるので、おのずと深夜まで開いていた東加古川の明日香や不二家で同僚たちと食べていました。まだ若かったので仕事中心の生活も苦ではありませんでしたが、今同じようなことは2日とできないように思います。
現在は骨の代謝性疾患や関節リウマチに興味の中心がありますが、地域の医療連携のお仕事をするうちに患者様目線で医療を見直す必要があると感じていました。時を合わせるように三木山陽病院への転勤となりましたので、これからじっくりと患者様中心の医療とはどのようなものなのか考えていきたいと思っています。
(H23.4. 記)